国立大学の独立行政法人化に関する
人文学部教授会の見解


 人文学部教授会は、本年7月に成立した独立行政法人通則法との関連で、現在政府文部省及び国大協で論議されている国立大学を独立行政法人化する問題について検討した。その結果、通則法の個別法内特例措置で対応しようとした文部省「国立大学の独立行政法人化の検討の方向」(以下「検討の方向」)はもちろん、通則法に特例法を設けることでその内容を修正しようとした国大協第一常置委員会「国立大学と独立行政法人化問題について(中間報告)」(以下「中間報告」)も、通則法の個別的修正にとどまっており、通則法とは異なる、大学の研究教育の発展を保障する独自の法体系を提示できていないことが明らかとなった。したがって、人文学部教授会は、わが国の高等教育と学術研究の高度な発展に責任をもつ立場から、国立大学の設置形態として現在提示されている独立行政法人制度を導入することに強く反対の意思を表明するものである。

I 独立行政法人制度は、政府の行財政改革の要請から設計された制度である。これは、国家の行政のうち、企画立案部門と実務部門を分離し、定型的大量反復的でその範囲が特定できる業務を主に遂行する実務部門を外部化することによって、そこに「市場原理」を導入し業務の効率化および減量化をはかることを制度の本質としている。したがって、本来企画立案機能と実務機能を分離できない国立大学など高等教育・学術研究機関は、当初その対象とされていなかったのである。しかしその後、国家公務員の定員25%削減という政策が提起されるなかで検討の対象とされるに至り、紆余曲折を経て、今春の中央省庁等改革推進本部決定において国立大学に関しては、「大学の自主性を尊重しつつ、大学改革の一環として検討」するという立場から、平成15年まで結論を先送りすることで一応の決着を見ていたものである。しかし、平成13年度から開始予定の第10次定員削減において省庁間配分数を確定する必要性があり、そのためにはこの問題につき早急に結論を得る必要があること等を主たる理由として、この問題が再浮上し、文部省及び国大協内で短期間のうちに論議が重ねられてきた。二つの文書はこのような経緯のなかで作成されたものである。

II 「中間報告」は、継続性と長期性を不可欠とする教育研究の特性と「経済的効率性」の追求を第一義とする通則法とは相容れないとの立場から、「仮に国立大学の独立行政法人化の立法を考える場合にも」、通則法に附従する個別法の特例措置では足りず、大学の理念や特質に照らした通則法の特例法の制定等適切な立法措置が必要であるとして、その基本的内容につき、独立行政法人の単位、組織及びその運営、評価、財政等の諸点におけるあるべき方向性を検討している。
 そのなかで「中間報告」は、経営機能と教学機能の一体化及び自主・自律的な運営の確保という観点からの運営組織及び運営方法の設定、とりわけ主務大臣による中期目標の策定に際する大学独自方針の尊重義務の明示、大学の教育研究業務に対する適切な評価という観点からの主務省大学評価に対する大学独自評価(自己点検評価、独自の外部評価、大学運営諮問会議評価)の尊重と、その具体内在り方に関するさらなる検討の必要性、高等教育の質的水準の維持向上及び国民の教育を受ける権利の保障という観点からの安定的財源権保の要請と、その具体的担保としての企業会計原則の適用に対する限定、および現行国立学校特別会計制度の維持等、独立行政法人化されるとした場合の「大学に保障されるべき条件」を指摘している。

III このように「中間報告」は、教育研究機関としての大学の特殊性を踏まえ、その自主性・自立性確保という基本的観点から、通則法の仕組み及び原則に対しいくつかの重要な条件及び制約を設けている。しかし人文学部教授会は、以下の理由から、このような「中間報告」の基本的立場及び個別法の特例措置という立法形式に依拠した文部省の「検討の方向」に対して、強く反対せざるを得ないのである。

 大学の設置形態をどのようなものにするかは、学術・文化の発展という国の存立基盤にかかわる重要な問題であり、「国家百年の計」として論じられるべき問題である。その意味で、国立大学の設置形態の変更を論議するためには、国の学術研究及び高等教育政策における国立大学の役割・機能につき、その理念・目的・存在意義等に遡ってこれを検討し、現在の国立大学がその設置形態のゆえに抱えている諸問題を具体的に明らかにすることから始めなければならない。現在問題とされている独立行政法人化問題においては、このような最も基本となるべき議論が決定的に不足し、むしろ、行財政改革の一環としての中央省庁改革及び国家公務員数削減等の政治日程に合わせる形で論議が先行するというきわめて憂慮すべき事態が進行している。

(1) わが国において国立大学は、社会全体の健全な発展という見地から、基礎的分野を含めた人文・社会科学および自然科学を通して長期的視野に基づく均衡のとれた教育研究を推進してきており、また、教育の機会均等の理念に基づく適正な学費負担の下における高等教育の提供や計画的な人材養成、さらには、地域配置を考慮した大学の均衡ある発展、等に大きく寄与してきた。その意味で、国立大学のありかたは、わが国の命運にかかわる極めて重要な問題であると言ってよい。山形県における四年制大学の収容能力は全国平均と比較して低水準にあり、教育の機会均等および地域を支える人材の養成という点で、国立大学としての本学が地域社会において果たす役割は特別に大きいものがある。さらに本学は、文系・理系を網羅した地方の総合国立大学として、山形県の教育、文化、産業、医療、科学技術等の各分野において大きな役割を担ってきているのである。

(2) 国立大学が独立行政法人化された場合、大学評価に基づき運営費交付金の重点配分が行われ、その結果大学間格差が一層拡大する虞が強く、また、大学運営に「市場原理」が導入されることにより、企業や自治体等からの外部資金を得やすい実利的な研究や短期業績主義に走る研究が優先されることが予想される。とりわけ、効率性になじまない基礎的学問分野の研究教育は軽視され、それを支える研究教育組織の再編・縮小も予想される。また、教養教育においてもその基盤となる基礎的学問分野の衰退・縮小により、充実した体制を敷くことが困難となるであろう。総合大学である本学の場合、その研究教育体制は著しくバランスを欠いたものとなることが危惧されるのである。さらに重要な点は、運営費交付金の重点配分により交付金の額が切り詰められることにより、学費の値上げを余儀なくされることであろう。このような事態は単なる推測ではなく、「独立行政法人」に類似した大学運営が導入されているニュージーランドの大学改革における最近の状況などが実証的に示唆しているところである。21世紀の学術研究の発展にとって国立大学の果たす役割の重要性に鑑みるとき、むしろわが国において現在最も求められているものは、欧米並みの恒常的な公的財政支援であり、戦後の新制大学発足時から存在している地方大学の大学間格差を縮小していくことにあると言わなければならない。

(3) このような問題点は、すでに指摘した国立大学の独自の存在意義が否定されていくことを意味するといってよい。とりわけ、地方国立大学の場合、これまでの教育研究体制の均衡を崩されることにより従来地域で果たしてきた総合的な役割を果たしえなくなり、その結果、地域の行政・産業・文化の長期的発展の基盤も大きく取崩されていくことにつながるであろう。本学において人文・社会科学の基礎研究と全学の教養教育等に責任を持つ人文学部としてこのような事態を受け入れることは到底できない。地方の中規模国立大学として発展してきた本学全体の立場からも、「地域の中の大学」としてのあるべき将来像を構想するとき、独立行政法人化に強く反対せざるを得ないのである。

 「中間報告」は、教育研究機関としての大学の特殊性をふまえた観点から、通則法に特例法を設けることによって修正を加えようと試みている。しかし、それは以下に述べるように独立行政法人制度のもつ本質的な問題点を解決したものとはなっていない。

(1) 第一は、「業務」の範囲、「中期目標」および「中期計画」に関するものである。大学の研究教育は決して3〜5年という短期間で評価を確定できるものではなく、その目標や達成期間は個々の教育研究の特性に応じて主体的に定められるものでなければならない。通則法の中期目標期間に大学が拘束されるとすれば、短期的かつ効率的な研究が優先して行われ、基礎研究を含む学問研究全体の健全な発展に重大な影響を及ぼさずにはおかないであろう。また、各大学における「業務」範囲の限定の仕方によっては、中期目標等の策定も限定的なものとなり、本来総合的ないし多面的に発展する学問創造の可能性が予め制約される危険性も存在する。「中間報告」はこの点を考慮し、中期目標を定めるに際しては各大学の長期目標を配慮すべきとし、大学側の意見の聴取義務および尊重義務を主務大臣に課している。しかし、中期目標の策定や中期計画の認可の主体はあくまでも主務大臣にあり、大学側の意見の「配慮」や「尊重」が最終的に保証される制度設計とはなっていない。この点は、定型的大量反復的でその範囲が特定できる実施部門の業務を想定して設計された独立行政法人制度が、本来的に大学になじまない本質的な問題の一つである。

(2) 第二は、大学の「評価」に関するものである。大学の教育研究は定型化・数量化しえない性質を有しており、その評価は各学問分野の専門家により行なわれ、教育評価も長期的かつ多面的に行なわれるものでなければならない。「中間報告」は、大学の自己評価および第三者評価機関の評価結果を尊重すべきとしているが、通則法の評価組織機構自体はそのまま受け入れている。主務省の評価委員会が財界人などを含む外部の有識者を構成委員とすることからも、多面的で専門性に依拠した評価は著しく困難であると思われる。これに加えて、総務省に設置される審議会は、中期目標終了時に各法人の業務の改廃に関して主務大臣に勧告する権限をもち、最終的には主務大臣が組織改廃などを含む所要の措置をとるという仕組みになっている。このような、行政府の強大な権限の下での重畳的な評価システムにおいて、大学側の内在的な評価結果が「尊重」される保証はどこにもないのである。業務の範囲・中期目標等の設定のありかたとも重なって、大学における学問の自由や教育の自由は、著しい制約を受ける制度設計のままとなっている。

(3) 第三は、財務・会計に関するものである。「中間報告」は、国立大学の教育研究の特性を踏まえ、企業会計原則の適用範囲につき限定を加えるべきであるとし、また、現行の国立学校特別会計制度は基本的に維持されるべきものとしている。しかし、私立大学においても、教育に支障がなく学校経営に充てるという条件付きで収益事業が認められているにすぎないように、企業会計原則は公共性の観点から制約をうけているのである。その意味で、企業会計原則の導入は、およそ公共的な性格をもつ高等教育研究機関にはなじまず、その適用はきわめて不適切であると言わざるを得ない。適用の範囲を限定するにとどまらず、適用すること自体について根本的に見直すべきであろう。この点も、独立行政法人制度が大学に本質的になじまない問題点の一つである。また、安定的な財政基盤の確保という観点から国立学校特別会計制度の維持が提言されている。そのこと自体は重要な指摘であるが、同制度の歴史において一般会計からの組入れが制度発足時から年々逓減している事実に鑑みれば、独立行政法人移行後それが企業会計原則と結びつけられたとき、同制度がどの程度有効に機能するかについては疑問なしとしないのである。

 以上、「中間報告」は独立行政法人制度の本質的問題を結局克服できていないことが明らかとなった。人文学部教授会は、いくつかの個別的な修正では独立行政法人制度の本質を克服できず、大学の設置形態のプランとしてそれを構想すること自体が根本的に無理であると考える。現在検討されている国立大学の独立行政法人化は、21世紀の教育研究の発展を阻害し、わが国における学術研究の発展に重大な禍根を残すものと言わざるを得ない。よって、人文学部教授会は、国立大学の独立行政法人化に反対の意思を表明する。そして、本学評議会が本年1月に決議した「国立大学の独立行政法人化についての反対声明」の意義は現在なお不変のものとして、これを支持するものである。また、大学及び学部における教育研究の遂行においては、国民の要望・批判に謙虚に耳を傾けつつ厳しい自己評価を不断に行ない、全力を挙げて国立大学に課せられた社会的使命を果たしていくべきことは当然であり、それは大学及び教員各個人に課せられた重大な責務であることをここに改めて表明するものである。

平成11年10月13日

山形大学人文学部教授会